「孝昭君、孝昭君ってば!」
突然体が揺すられる。
「……ん?」
気がつくと、孝昭は屋根の下にいた。
目の前には、いとこの瑞希。
困った顔をして孝明を覗き込む瑞希がいた。
「ここは、あの日の駅……?」
孝明が辺りを見回しながら言う。
「あの日がどの日かは知らないけど、ここは駅だね」
瑞希は彼から離れ、首を傾けながらそう答える。
長い髪が宙を舞う。
それが、昔の瑞希からは想像も出来ない女の子っぽい仕草だとか、そんなことはどうでもよかった。
「帰ってきた……? そうか、俺は帰ってきたんだ! 願いが通じたんだ!」
孝昭はやたらミュージカル調に喜びを表現した。
「……? おかえり」
瑞希がとりあえずそう答えた。
「現実逃避してるところ悪いけど、そろそろ家に行かないと暗くなっちゃうよ」
「暗く……?」
そう言われた孝昭が辺りを見ると、すでに夕暮れの紅い空の色だった。
「……あれ? 俺、昼過ぎにここに来たんだよな?」
「そうだよ。でもなんだか突然、動かなくなって。さすがに空が紅くなってきたから起こしたんだよ」
瑞希が言う。
「夕方まで? なんで今まで起こしてくれなかったんだよ」
孝昭は今まで長い間見てきたものが、ただの現実逃避だったと、やっと気付いた。
「起こしたよ、一応は。でも起きなかったし。何だか面白かったからそのままにして見守ってたんだよ」
「面白かったって、何だよ」
孝昭が訊く。
瑞希はくすくすと笑う。
「『自分、不器用っすから』とか『死んで、もらいやす』とか。ヤクザものの夢でも見てたの?」
「ああ、それは第三議会と対立した新塩川派が殺人工場を建設したことが発覚した辺りだな」
孝昭は逃避してみた夢を思い出しながら言う。
「……ごめん、今の、一言も意味が分からなかった」
「つまり、第三議会は裏で長老衆をまとめ上げようとしていて……」
「いや、詳しく解説して欲しいわけじゃないよ」
瑞希は孝昭の言葉を止める。
「ん……よいしょっ」
そして、孝昭の荷物を持ち上げる。
「それじゃ、早く帰ろ」
そういう瑞希の背中に赤い夕陽が輝く。
「うむ。それじゃ、ミーを案内してたもれ」
「なんか、違和感のある言い回しだね」
そう言いながら、瑞希はすでに本当に無人駅となった駅舎を出る。
孝昭がそれに続く。
「あ、こら、お前俺のバッグを持って行くな」
「え、ああ。孝昭君は疲れてるんだから持ってあげようかと思って」
瑞希がバッグを振りながら言う。
「さっき十分休養は取ったんだがな」
「うん。でも、今日は持たせてよ。歓迎の証に」
瑞希は少し嬉しそうにそう答える。
「そんな事言って、本当はかばんの中に入っている、俺の大切なセンターマン変身セットをあわよくば奪う気でいるな? か、返せ。それだけはっ」
孝昭はバッグを奪い返す間合いを取る。
「……孝昭君が変身セットを使おうとしない限り、奪う気はないよ」
瑞希があきれた口調で返す。
「…………よかった」
「……泣くようなことなの?」
孝昭の嬉しそうに泣く顔が、本当に幸せそうなので、瑞希はそれ以上何も言えなかった。
黄昏の町を二人の足音だけがあたりに響く。
「で、どうしてそんなに変わってしまったんだ?」
孝昭は瑞希と再会した瞬間からずっと疑問に思っていたことを訊いてみた。
「いろいろとあったんだよ」
「並大抵のいろいろじゃそうはならないだろ」
孝昭は子供の頃の瑞希を思い起こし、その変貌の大きさを思い、言った。
「うーん、そう見えるかもしれないね。でも、ボクは基本的には何も変わってないんだよ」
瑞希は言う。
その表情は、闇に覆われ始めた今となっては孝昭には伺うことが出来なかった。
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